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新喧嘩高校軍団 義士高 vs. 民族高

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あらすじ

大日本帝國万歳」

 

 主人公たちはチンピラ高校の応援団に所属している。団は日々社会のために活動している。彼らは蛇腹の学ランを伝統ある制服とし、近隣地区を巡回する自警活動や街宣右翼の使い走りに従事している。もちろん用いる力は暴力である。団旗を掲げた彼らは尊王の志の下で大和男児として戦い憂国の志士として死にたいと願望を露呈する。さっさと首でも吊ればいいと思った私の思考が浅はかで感受性の無いものであることはアプリオリである。

 

 主人公たちと敵対するグループの連中は朝鮮学校のヤンキーたちである。彼らは「デカいことがしたい」と少年らしい願望を抱き、その帰結として「学ラン狩」を決行する。多数で少数を襲い、着ている学ランを奪い去る。まさに拉致である。彼らこそは誇り高き日本民族天誅を下すべき醜い敵である。

 

 気高き応援団は果たし状を朝鮮学校に叩きつける。曰く、「朝鮮民族は歴史を捏造し僻み妬み嫉みで駄々をこね続けている厄介な隣人」らしい。日本民族こそが一流であり朝鮮民族が二流以下であると宣言するこの断固としたアパルトヘイトは我が国憲法が定めた法の下の平等の精神を顕現している。

 

 決戦の地は神社。八百万の神が見守る中、偉大なる日本民族はゴキブリ朝鮮民族を殲滅する。ラストはお互いのリーダーが握手して仲直りという八紘一宇大東亜共栄圏が成立してハッピーエンドである。どこに仲直りの要素があるのか。

 

 怒り、それを通り越してただただ無力さを噛み締めた86分だった。こんな非人道的なゴミクズを流通させて金儲けをしている供給と、それをみて嬉々とする需要の両輪が社会に存在している現実を認識できたという点で嫌な勉強になったというのが精いっぱいの感想である。

 

 私の想像力が貧困なせいか、それにしても本作で出てくるような主人公たちを「カッコイイ!」などと思う人間が本当に存在するのだろうかという疑問が湧いてしまう。しかし一呼吸おいて冷静に考えてみれば本作の応援団はいわゆる突撃隊とか親衛隊と似通う点がある。おそろいの制服を装備して暴力を占有する組織…。

 

 無職戦闘員氏の書評記事を見て購入したティモシー・スナイダー著『暴政』においては、一章を割いて「準軍事組織には警戒せよ」と語られている。まさかこんなゴミのような映画でこの教訓に気付かされようとは思わなかった。

 

 一応映像としての評価もしておく。アクションは空振りがよくわかるヘナチョコであり、あげくにカメラがアクションから逃走している。キャラクターは叫びながら拳を振り回すだけの肉塊、美術は何もない。朝鮮民族的なまたは極右的なものは一切なく、設定の薄っぺらさがより際立つ。そう、薄っぺらさ。それがまた何より腹が立つ。100億光年譲って製作陣がモノホンの憂国バカで、それを表現するべく細部に至るまで凝ったのならば、理解する。理解はしたくないが。しかし本作では民族対立を煽るだけ煽っておきながらその背景や帰結、映像表現に関して頭を使った形跡が一切ない。

 

 「テキトーにチョーセン人をバカにしてどつき回して、一定のレイシスト層に売れれば60点っしょ(笑)」という製作陣の下卑た口角が目に浮かびそうだ。まったくもって腹が立つ。テキトーにポイントをなぞって及第点!な作品というだけでゴミなのに、そこに差別や偏見まで絡むともはや言葉にはできない。

 

 読者諸氏におかれましては、本作を店頭で見かけても完全に無視することを強くお勧めします。社会において人種に係る諸問題が存在することは事実ですが、その解決には粘り強い努力による他の方法が存在します。もちろん貴方の愛読書が『テコンダー朴』であり、休日は大使館に投げ込む火炎瓶づくりに勤しんでいるというのであれば話は別ですが、率直に言って軽蔑します。その手の知識人は。

 

 

総合評価・星0つ(人道に対する罪)

☆☆☆☆☆

 

以上