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ワンコイン・ムービ-レビュー

ワゴンセール等で500円程度で投げ売りされている映画を愛するブログ

クラーケン

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あらすじ

「陰湿なんだよ…」

 

 舞台は田舎の寂れた漁村。そこでは漁獲量の急速な減少がみられていた。漁は村の死活問題であり、その原因を解明すべく主人公である海洋学者が調査のため派遣される。彼は村を守る女保安官と協力し調査を進めていく。

 

 しかしこの村は、内部に対立構造がすでに出来上がってしまっていた。具体的には白人漁師VS先住民族漁師である。漁獲量が減少した理由は皆目不明。そうなると感情的になった白人漁師が「漁獲量が減ったのは、先住民族の漁業特権による乱獲が原因だ!」と主張する。しかしこの論も、何の根拠も無い感情論である。

 

 理論的な説明ができない状況下において、悪質なミランダにより敵を作り鬱憤を晴らすというのは実に重苦しい展開である。もちろんミランダ全てを否定する気は毛頭無い。しかし、他の動物と人間との違いは理性の有無ではないのか?人間とは魂の生き物ではないのか?これらは所詮理想論でしかないのだろう。この村がクレデンダにより協和的地方自治を維持できなかったことは残念極まる。あげく女保安官にいたっては白人と先住民族のハーフであり両陣営からシカトをこかれるという悲惨な立ち位置であることも述べておかなければならない。

 

 そうこうしているうちに、白人漁師のボスがクラーケンに襲われる。すると彼は「ダイオウイカや!ブッ殺したろ!」と戦闘態勢に入る。そこに海洋学者と女保安官が間に入り、先住民族の漁船と共同してクラーケンをしとめる策を提案。呉越同舟、しぶしぶ両陣営の漁師は休戦する。

 

 それにしても漁師たちの装備は愚かの一言に尽きる。人間を触手一本でぶっ飛ばすバケモノイカを相手にするというのに、武装は手投げ用のモリ、ナタ、ショットガンである。おとなしく州兵に救援要請出して爆雷や機関砲で仕留める方が確実でリスクも低いだろと考えた私の思考は住民自治の原則に反しているのだろうか?

 

 案の上漁船はボッコボコにされ、先住民族の漁船は沈没、白人の乗組員も壊滅状態。この状況に対して科学者は「モリに発電機から電気を流してイカを感電死させるんや!」と発案する。イカが死ぬ前にお前らが感電死するんじゃねえのと思いつつも作戦は成功。ピカチュウ!100万ボルトだ!的なノリでクラーケンは死んでフィナーレである。

 

 本作の評価すべき点は、作中に漂う村の空気である。登場する地元の住民の、生活に疲れた感が凄まじくリアルなのである。役者の演技力か、メイク担当の技術力か、撮影班の映像技術か、どこが優れているのかはわからないが、本作はパッケージの様なモンスターパニックものではなく、困窮した村の決死隊戦記としてみればそれなりに見ごたえのある作品である。

 

 

総合評価・星3つ(500円の価値有)

★★★☆☆

 

以上

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