ワンコイン・ムービ-レビュー

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極ヤンキー ニューヨークの裏帝王

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あらすじ

「散発的に投影される絶望的映像」

 

 1ヶ月以上、星2つ以下の作品しか見ていない。これは作品のせいなのか。それとも私が堕落したせいか。私は寛容の精神を失ってしまったのか?曲がりなりにも本ブログは低予算映画を愛するブログである。初心を取り戻そう、寛容になろう、英雄ダントンよ、我に力を。そう心に語り掛け、視聴を始めた、しかし目の前に広がる世界は絶望で、現れたのはダントンではなくガデだった。

 

 ホームビデオで撮ったような映像が網膜を直撃する。音響もひどい。役者の声が割れているだけならかわいいもので、ところどころセリフが拾えていない。あげく外の車の走行音が入っている。そして登場するアップタウンの帝王とかいう黒人のたるんだデブ。彼は街のヤクを取り仕切るラスボス的ポジションにも関わらず、ただソファに座っているだけの置物である。

 

 ストーリーを把握しようと、少ない脳みそをフル回転させる。散発的に語られる状況説明から、街の各勢力が帝王( )の持っているヤクや金をパクって成り上がるぜという群像劇として捉えるのが最大限好意的な解釈の様である。チンピラたちの意味のないウィットに富んだ会話が鼓膜をぺネトレイトする。「あの女いいケツだ、ヤリてぇ」「バーベキューやろうぜ!」「ポップコーンにバターかけすぎぃ」といった、あってもなくてもどうでもいい会話に加えて、時間をごまかすように5流ラップが流れ続ける。

 

 本作では複数の名もなきチームが入り乱れて散発的に誰かを殴る。その結果街の勢力図がどう動いているのか、すなわち本作はどこに向かおうとしているのかと言う流れが全く分からない。この構成力こそが本作の白眉である。チンピラは昼空につぶやく。「この状況は変わるのか?いつマシになる?」こっちが聞きたいわ畜生と思った私は器が小さいのだろうか。

 

 銃撃戦は大迫力。モデルガンのショボい火薬がパチィンとはじける音が、本作は遊びの延長線上にあるという事を嫌でも認識させてくれる。チンピラ仲間の葬式のシーンでは泣いているデブがピンボケで映し出される。突然パッと出のオッサンが現れて「俺は22歳から48歳までムショにいた。辛いぞ。人生をなめるな!」と説教をしてくれるのもサービスポイントであろう。なんやかんやで主役と思しき兄やんが撃たれて死んでエンドロールである。とても擁護できない。

 

 本作においてはストーリー、設定、登場人物、総てが低品質の極みである。作品として、戦力として完全に力不足、その意味では本作は映画界の95式軽戦車と言えるかもしれない。

 

 

総合評価・星1つ(神が憐れむレベル)

★☆☆☆☆

 

以上