ワンコイン・ムービ-レビュー

ワゴンセール等で500円程度で投げ売りされている映画を愛するブログ

メガ・パイソンVSギガント・ゲイター

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あらすじ
「環境保護活動家によって自然保護区に解き放たれたヘビが巨大化したうえ大量繁殖。自然環境を破壊したあげく人間をも餌食にする。保安官はワニをドーピングにより強化してヘビに対抗するも事態はより悪化する」

 

 本作で最も存在感が有り、かつ不愉快な生物は環境保護活動家を名乗るブロンドのテロリストババアである。彼女は研究所に不法に侵入して飼育されていたヘビを窃取したあげく、自然保護区である公園へと解き放つ。その結果ヘビは繁殖。さらに特に何の理由も無く巨大化して生態系をズタズタにする。事態を重く見た保安官は地元ハンター達とヘビの駆除に乗り出すが死者多数を出す甚大な被害を出してしまう。仲間達をヘビに殺された保安官たちを前にしてテロババアは鼻で笑いながら「ハンターは臆病者」、「ヘビが生態系の頂点なのよ」とヘビ以外はどうなってもいいという邪教の教祖として君臨する。

 

 当然保安官は怒り狂う。特に婚約者を殺された女デブ保安官はヘビの駆逐を決意し、その明晰な頭脳をもって完璧な計画を練り上げる。それは「筋肉が無限に増殖する薬をワニに投与してヘビを倒す」という革命的かつ堅実なアイデアだった。まず「筋肉が無限に増殖する薬」とやらがそこらのツテで簡単に手に入るというのがドーピング大国アメリカの闇を表現している。仮にその薬とやらが本物だとしても、人間用の薬がワニに効くのか?効いたとしても強化されたワニが人間の思うとおりに動いてくれるのか?といった疑問が想定されるが、彼女はその点には一切触れずに黙々とエサに薬を仕込む。彼女の偉大なる予言の通り、ワニは巨大化してヘビと戦うようになるが、ワニの卵を食べたヘビもまたドーピングの効果により強化され、強化ワニVS強化ヘビという図式が成立。事態はさらに悪化する。

 

 やがて学者を名乗る小汚いオヤジが登場し「この公園はやばいぞ」と幼稚園児でもわかることを深刻な顔で女デブ保安官に伝えるが、彼女は自然保護区維持の資金集めパーティを優先させオヤジの忠告をシカトする。そして開かれたパーティではテロババアが現れて女デブ保安官とキャットファイトを展開する。ヒステリーを起こして暴れまわるババア2匹の姿はさながら暴れまわるゴキブリの様で実に汚らしく品性を感じさせる。荒れに荒れたパーティ会場、さらに強化ワニと強化ヘビがそこに乱入し場を盛り上げてくれる。パニックに陥る来賓を前に学者オヤジは「武装している奴は戦え!」と叫び出す。「避難しろ!」ならともかく「戦え!」と来賓に強いる様はさながらラリったジャンキーの様であるが、来賓は来賓でスーツやドレスから銃を引き抜き、応戦を開始する。全米ライフル協会が見たら狂喜乱舞するだろう、誇り高き市民達の姿がそこにはあった。しかしながら所詮は素人。銃で武装したところで大した意味は無く次々とワニに噛み殺され、ヘビに飲み込まれていく。その光景は市民の武装権を規定したアメリカ合衆国憲法修正第2条がもはや何の意義ももたないことの証明として法学上に確固たる地位を築いた。

 

 やがて強化ワニと強化ヘビは市街地へと繰り出し被害はさらに拡大する。この危機的状況にテロババア、女デブ保安官、学者オヤジは結集し立ち向かう。彼らの立案した作戦は「セスナ機から高速道路にフェロモンを撒いてワニとヘビを営巣地へ誘きだす」というものであった。ちなみにセスナ機とフェロモンは盗品で、高速道路は車社会アメリカの大動脈といえる重要な公共交通財産である。そもそもフェロモンとやらは一体何なのか。しかし彼女たちを縛るものは存在しない。クソのような作戦はクソのような脚本通り順調に成功。ワニとヘビを営巣地に誘き出してこれを爆破することに成功する。なお女デブ保安官は自らが強化したワニにズタズタに食い殺され、テロババアは自らが愛したヘビによって丸呑みされるという喜劇的昇天を果たした。

 

 時は流れ、生き残った学者オヤジは自然保護区のパーティで高々と宣言する。「河口を造ったからヘビとワニの問題は解決しました」残念ながらこの理屈は私ごときの脳のレベルでは理解することができなかった。あげくこのオヤジは河口にテロババアと女デブ保安官の名前を付け、命を懸けて公園を守った戦士として2人の薄汚い顔が彫り込まれたプレートを設置する。本作における惨劇を招いた二大主犯を功労者として褒めたたえるその行動は、彼の人物鑑定眼が非常に優れていることの証左であると言えよう。

 

 本作を全体的に俯瞰してみると非常に愚かなものであると言わざるを得ない。ストーリー、設定、登場人物、全てがバグっておりまともな要素を見つけ出すことはほぼ不可能である。しかし、にも関わらずである。本作は一応1つの映画として形は整っているのである。本作はクソの要素が集まってそびえ立つクソをクリエイトすることに成功した作品である。本作を一言で表すならばクソの超魔合成的建造物であり、銀河の様に美しいクソ映画界において北極星のごとく光り輝く粗大ゴミであると言えよう。

 


総合評価・星5つ(Ce n’est pas Dieu possible)
★★★★★

 

以上